2011年12月12日月曜日



阪急電鉄と裁判で闘う阪急社員のサイト

人目のお客様。

ようこそ「阪急電鉄と裁判で闘う阪急社員のサイト」


最終更新日 2006年2月14日

What’s New
2006年2月14日「思うこと。」に
「裁判、いろいろ話し。」更新しました。

JR事故で問題になった日勤教育、
澤 功生が実際に受けた阪急電鉄の日勤教育と人権侵害
詳しくは経過説明をご覧ください。


私、澤 功生は阪急京都線淡路乗務区で運転士として勤務しています。
2002年10月26日に始まった私への阪急電鉄からの人権侵害と不当配置転換。
現在、裁判で闘っています。

2005年6月6日
勝利和解成立しました。


このサイトで、現在の阪急電鉄が抱える問題を皆さんと考えていきます。


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思うこと。
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hankyusaiban@hotmail.com


よく整理されたすばらしいページだと思います。

筆跡鑑定がメインの争点だったようで、貴重な資料ありがとうございます。俯瞰性を高めて再掲載させていただきました。

 



経過説明

澤 功生が実際に受けた日勤教育
澤 功生が日勤教育中に受けた係長からの人権侵害
阪急電鉄が日勤教育を長期化した理由の鑑定書
本件係争で、澤 功生が裁判所に提出した筆跡再鑑定書
本件係争で、阪急電鉄 山中 直義課長の日勤教育の中身の説明

澤 功生は、2002年10月25日阪急京都線東向日駅で、通常停止位置を30メートル
誤りました。 このような停止位置誤りの場合、2~3日の再教育で復帰するのが慣例で
あるのに、翌日26日より11月4日までの10日間にわたり「自ら配置転換を申し入れる
ように」と上司より迫られました。(阪急電鉄では労働協約で、配置転換は、会社、本
人、組合の三者が円満な合意による協定があり、強制的な配置転換は懲罰規定にもと
ずいた場合などでした。)私は、自ら配置転換を希望する事を一貫して拒否して、懲罰規
定にのっとり懲罰委員会の決定に従うと主張しました。

11月5日、突然、高橋 京都線運転係長(当時)より 「停止位置誤りの件は終わった。
これに見覚えないか。」と98年に会社に届いた内部告発的な投書5通と、02年9月に
京都線乗務員の妻に届いた、夫と出会い系サイトで知り合った女性と名乗る人物からの
脅迫文を見せて、「このすべての手紙と、今回の停止位置誤りでおまえが書いた報告書
の筆跡が、鑑定の結果一致した、認めろ。」と迫られました、私はまったく身に覚えのな
い事であり強く否定しました。しかし、高橋 係長は「いまのうちに認めないと懲戒解雇
や、おまえしかいない、認めろ。」私は、鑑定結果など具体的な説明を求めましたが一切
説明はなく一方的に認めるよう迫られました。そして、高橋 係長より「このような疑惑が
ある以上、当分乗務はさせない。明日より引き続き教育とする」と通告されました。
2002年11月5日

翌日より教育と称して会議室での監禁が続きました。

11月14日、 稲垣 京都線人事係長(当時)より「君が書いた(手紙)のだから認めろ」
と迫られましたが、私は一貫して否定しました。
2002年11月14日


11月22日、 山中 京都線課長(当時)より「今回の疑惑で君に動揺があり、乗務に絶
えられないので、明日、23日より高槻市駅勤務を命じる。」と通告されました。私は、
「身に覚えのないことであり私はまったく動揺なんかしていない、なぜ配置転換なの
か?」と質問すると、山中 課長は「これは業務命令、従うのか従わないかどっちだ」
迫られました。
これに対して阪急電鉄労働組合は「長引かせることはしない、組合を信じて業務命令に
従ってくれ。」との要請を受け、翌日より高槻市駅に出勤しました。

12月4日、私は、若林 運転車両部長に対して、「身に覚えのない事実での配置転換を
撤回してすみやかに乗務員に復帰させてほしい、今回の件で法的手段も考えている」
の要望書を内容証明郵便にて送付しました。

12月13日、井垣 高槻市駅駅長(当時)より「部長に手紙書いたみたいだが、おまえは
組織をなめてるのか、裁判するなら勝手にやれ。」

2003年3月20日、大阪地方裁判所に提訴。

3月26日、井垣 京都線運転係長(前 高槻市駅長)より 「君は、会社相手に裁判や
るみたいだな、なんで提訴する前に会社に相談してくれなかった残念だ。」

4月9日、井垣 運転係長より、 「明日より乗務員復帰に向けた見習についてもらう、3
日間見習の後、復帰してもらう。」と通告されました。












筆跡鑑定に興味のある方は御一読ください。



































今風に言うと、日勤教育はパワハラ、いじめに分類されると考えています。
あるグループの信奉する価値観を強制的に押し付け、マインドコントロールしようとする暴力でしょう。この場合の偏狭な価値観を、いっそのこと公益と言ってしまい、社是にも社の追及する利益は公益と同一である。アッサリ認めてしまえば、場末の私企業が悶絶する必要もなくなるというものです。

苦労して確保した利益を社会に還付せよ、とは誰も言いませんから。カルト性を秘めたイジメの習慣は至るところで散見されています。

これらの差異を百年も維持してきた鈍感さには敬服いたします。









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